全員野球で最高の仲間と最後まで戦い続けた3年間|引退特集2025 ~明治大学編~
「奪還」をスローガンに掲げ、挑んだ今シーズン。惜しくもリーグ戦・ZETT杯ともに優勝には届かなかったが、最後まで3年生主体のチームで戦い抜いた。六大学一の仲の良さと声量で、どんな場面でも全員が「優勝」という目標に向かって支え合い、励まし合いながらプレーする姿が印象的であった。そんなチームを1年間率いた11人に、野球人生を締めくくる生田硬式野球部での3年間を振り返ってもらった。
主将 #19 佐藤宏成(県立福島東)

リコタイでの3年間を振り返って
最初は適当に野球できたらいいなって思って入ってみたけど最後には負けて悔しくて泣けるくらい思い入れのあるチームになってました。
今だから言えること
絶対にあの場面でタイムかけてマウンドに集めるべきだったよね!
リコタイに入って変わったこと
間違いなく協調性が芽生えました。
Q.涌嶋陽太(2年)から見た佐藤宏成
A.頼れるキャプテン!チームが欲しい時に一発打てるさすがのバッター。チームがまとまっていたのはこうせいさんがいたからです。背中を見て育ったので自分も最高のキャプテン目指します!Q.脇田泰征(2年)から見た佐藤宏成
A.キャプテンとしてチームを引っ張り、後輩にも好かれるいいキャプテンでした。
理事 #38 林田紹吾(県立熊本北)

リコタイでの3年間を振り返って
小中高と野球を続けてきて、大学でも野球をやりたいと思いリコタイに入りました。結果として優勝は一度もできませんでしたが、それ以上に得るものの多い3年間でした。特にラスト1年間は理事としてチームに関わりながら、リコタイに誘った佐藤宏成と成尾朋紀が、それぞれ主将・エースとしてチームを引っ張る姿を間近で見られたこと、そして優勝まであと一歩のところまで戦えたことが強く印象に残っています。同級生はもちろん、先輩も後輩も本当に良い人ばかりで、リコタイに入ってよかったと心から思っています。
今だから言えること
正直、まだリコタイで野球をやりたいです。
リコタイに入って変わったこと
リコタイに入って一番変わったのは、他大学の友達がたくさんできたことです。宮崎合宿やリーグ戦など、関わる機会が多く、その中で自然と交友関係が広がりました。
Q.仲田塁音(2年)から見た林田紹吾
A.影からみんなを支えてくれるとても頼りになる先輩です。自分もチームを支えられるような存在になりたいです。Q.平野佑樹(2年)から見た林田紹吾
A.攻守ともにチームの中心で、そして何より人として素晴らしい理事でした。自分も紹吾さんのような後輩から慕われる理事になりたいです。本当に尊敬しています!
副将 #27 成尾朋紀(熊本学園大学付属)

リコタイでの3年間を振り返って
素敵な仲間に恵まれ、信じられないくらい贅沢で濃密な時間を過ごせたと思います。まさかここまで本気で目標を追いかけ、野球に夢中になれるとは、入部当初は想像していませんでした。
一、二年生の頃は野球に対する熱も浅く、怪我の影響もあって、どこか影を潜めていました。しかし2025年になり、「人生最後の野球だからこそ、やり切りたい」と思い、できる限りの努力を重ねてきました。
正直、体はボロボロで、投げた次の日には電車の吊り革すら握れない状態でした。そんな体を犠牲にしてでも、優勝したかったみたいですね。
結局、ZETT杯もリーグ戦もあと一歩のところで試合を落として、最後の最後まで悔しい思いをしました。それでも、あそこまで本気で悔しいと思えたこと、そしてエースとして仲間に認めてもらい、チームに少しでも貢献できたことが、何よりも幸せです。
怪我によって高校野球で困難を味わい、大学で野球を続けるという選択肢を一度は断った自分を、野球部に誘ってくれた林田紹吾には、心から感謝しています。明治大学生田硬式野球部で野球ができて、本当に最高でした。みんなありがとう。これからも末長くよろしくお願いします。
今だから言えること
高校野球では、ツーベースを打って一塁を回った瞬間の肉離れで、思うような動きができないまま幕を閉じました。
大学でも、ツーベースを打ち、一塁を回ったところで再び同じ箇所の肉離れを起こし、そのまま引退することになりました。不思議と、野球人生は同じ場所で区切りがつきました。
リコタイに入って変わったこと
・大学生活の楽しみが増えたこと
・大人で紳士的なお酒の飲み方を学んだこと
・怪我の影響で不完全燃焼に終わった野球を、好きになって終われたこと
Q.岡拓志(2年)から見た成尾朋紀
A.甘いマスクからはとても想像出来ない程の球を投げるかっこいい先輩。また、格闘技を一緒に観に行ってくれる優しい先輩です。Q.涌嶋陽太(2年)から見た成尾朋紀
A.打てるし打たれない投手、野球選手の完成系、人柄もプレーも文句なし!大好きな憧れの先輩です。漢成尾!!!
副将 #55 鈴木勘介(桐光学園)

リコタイでの3年間を振り返って
1年生のときに初めて東グラウンドの練習に参加した日の記憶は今も覚えていて、3年間本当にあっという間だった。中でも3年目のリーグ戦は、例年より長い期間を戦ったが、早く過ぎていき、気づけば引退が近づいてた。そして何より、生硬で出会えた素晴らしい仲間たちは、一生の宝物である。
今だから言えること
法政との第1戦で、三塁とホームの間で転けた時、実は左肩を軽く脱臼していた。試合中はアドレナリンであまり痛みを感じなかったが、終わってから1週間くらいは肩がほとんど上がらなかった。
リコタイに入って変わったこと
リコタイに入ってから、時間の使い方が上手くなった。週末は試合、平日は練習、アルバイトという日々の中で、大学の課題もこなさなければならなかった。限られた時間をどう使うかを考えた経験は大きな財産になっている。
Q.小松大晟(2年)から見た鈴木勘介
A.野球はもちろんそれ以外の場面でも指示を出したり指摘をしたりと人がしないようなことをすすんで行ってくれる兄貴的な存在でした。来年も見習いつつ頑張りたいと思います💪Q.平野佑樹(2年)から見た鈴木勘介
A.しぶといバッティングと誰よりも大きな声を出してチームを盛り上げていた姿が印象的です。野球や勉強など色々な面で助けてくれる優しすぎる先輩です!
会計 #64 橋本大輝(県立鶴岡南)

リコタイでの3年間を振り返って
野球としてだけでなくめっちゃ楽しい友達がいっぱいできた
今だから言えること
郡山陽向をもっと大切にしていればよかった
リコタイに入って変わったこと
人生
Q.鯖江凱(2年)から見た橋本大輝
A.年齢差を気にせず、誰に対しても優しい先輩でしたが、要所で責任感のある行動を見せる真面目で頼れる一面もありました。Q.脇田泰征(2年)から見た橋本大輝
A.スタイルを活かして、俊敏に動いて、かっこいい先輩でした。試合では誰よりも大きい声を出してチームを鼓舞する先輩でした。
#3 滝本陽大(川越東)

リコタイでの3年間を振り返って
入学前には考えられなかったくらい濃い1年間でした。
練習や試合はもちろんですけど、合宿や飲み会での思い出は数え切れないです。
今だから言えること
佐藤宏成のことを車で迎えに行った日、池袋でフェンスにこすった。緑になりました。
あと、去年の飲み会で誰かのクオーカードパクったみたいだから心当たりある人はご連絡を。幸いまだ使ってない。
リコタイに入って変わったこと
人生が変わりました。もともと高校までで野球はやめるつもりだったけど、先輩から誘ってもらったことで野球部のみんなに出会うことができました。最高の3年間でした!!
Q.鯖江凱(2年)から見た滝本陽大
A.体験に行ったその日から1番話してくれたり、ライブに一緒に行ってくれたりなど、面倒見がよく、色んなことでイジれる面白い先輩でした。Q.佐藤翔斗(2年)から見た滝本陽大
A.プレーでは、強肩を活かした守備としぶといバッティングがとても魅力的でした!たくさん話しかけてくれたことも印象に残っており、とても優しい先輩です!
#7 大澤宏徳(佼成学園)

リコタイでの3年間を振り返って
大学では野球をするつもりなく、ただ誘われたからいくこーに入ったが、1年生から試合に出させてもらいいろんな楽しい経験をさせてもらえました。先輩たちや同期みんなの雰囲気が良く3年間楽しかったです。
今だから言えること
生硬に誘ってくれたたいせいありがとう!!半年で見なくなったけど俺は最後まで続けたぞ!
リコタイに入って変わったこと
体を思い通りに動かせなくなったこと
Q.佐藤翔斗(2年)から見た大澤宏徳
A.プレーでは、強肩を活かした守備としぶといバッティングがとても魅力的でした!たくさん話しかけてくれたことも印象に残っており、とても優しい先輩です!Q.仲田塁音(2年)から見た大澤宏徳
A.気付いたら塁に出ていて盗塁もしている忍者のようでした。プライベートでもご飯に誘ってくれるとても優しい先輩です。
#20 篠田航輝(県立横浜緑ヶ丘)

リコタイでの3年間を振り返って
楽しく、本気で野球ができた、かけがえのない時間でした。捕手としても、学年関係なく沢山の好投手とバッテリーを組めて嬉しかったです。
今だから言えること
アメリカにゆかりがあることから、プレーがアメリカンと言われることもありましたが、野球は日本に帰ってから始めました。
リコタイに入って変わったこと
野球がもっと好きになりました。元々肘を怪我していたため、大学では軽く続けるつもりでしたが、プレーを重ねるうちに本気で取り組みたいと思うようになり、結果的に肘の手術まで決断しました。野球に本気で向き合うきっかけをくれたチームメイト、そして手術という決断も含め、常に支えてくれた両親と温かく応援してくれた祖父母には、心から感謝しています。
Q.深沢竜介(2年)から見た篠田航輝
A.高校の時から、先輩が捕手としてチームを引っ張っていくのを見ていてとてもかっこよかったです。Q.小松大晟(2年)から見た篠田航輝
A.同じポジションで1年間野球ができて嬉しかったです。リーグ戦でも攻守に渡って活躍していて尊敬しています。来年は「打って守れる」そんな選手になれるよう努力します!
#50 南風立流(県立相模原)

リコタイでの3年間を振り返って
とても充実していたと思います。大1の新歓でのちに主将をつとめる佐藤宏成や理事の林田紹吾と出会い、その後多くの仲間に恵まれ、野球も遊びも楽しみながらあっという間に過ぎていった3年間でした。先輩後輩、他大学含めりコタイで出会ったみんなとはこれで終わりではなく、今後も良い関係でいれたら嬉しいです。
今だから言えること
大阪に旅行に行った際、こうせい(佐藤宏成)と喧嘩したことがあります。この出来事は生硬史に残ってもいいくらいのもので、今思うと恥ずかしいですが、これを機により仲が深まったようにも思います。
リコタイに入って変わったこと
少し明るくなったかなと思います。もともと内気な性格でしたが、リコタイの3年間では自分の素を出せる環境で過ごすことができ、高校までの自分よりも少しだけ社交的で明るくなれた気がします。
Q.深沢竜介(2年)から見た南風立流
A.どんな場面でも必ずヒットを打ってくれるだてさんは、チームにとって要のバッターでした!Q.鈴木健斗(2年)から見た南風立流
A.安打を打ってない日を見たことがなく、この人がいないとチームが回らない存在でした。
#67 橋本星哉(県立相模原)

リコタイでの3年間を振り返って
ひたすら楽しい3年間でした!特に3年生になってからは試合や飲み会を通して同期とさらに絆が深まったかなと思います。また先輩や後輩にも恵まれて全く退屈せず、楽しい日々を送れました。シーズン終盤の緊張感のある試合はめちゃくちゃ楽しくて印象に残ってます。
今だから言えること
同期で旅行に行ったときに二日酔いで死にそうになったことです。エース運転変わってくれてほんまにありがとう。
リコタイに入って変わったこと
沢山の人と関わることが出来てコミュニケーション能力が上がったと思います。みんな仲良くしてくれて感謝です。
Q.鈴木健斗(2年)から見た橋本星哉
A.いくこうで点を取ってくれると言ったらせいやさんでした。打撃がうますぎて憧れの先輩でした。Q.高木里空(2年)から見た橋本星哉
A.チームのムードメーカーであり、試合ではここぞという時に一本打ってくれるとても頼りがいのある先輩でした。
マネージャー長 #72 稲村英里奈(筑波大学附属)

リコタイでの3年間を振り返って
学生生活の最後に、大好きな野球に携われて本当に楽しかったです。大変なこともありましたが、先輩・同期・後輩に沢山支えられて最後まで続けることができました。
今だから言えること
2年時の学年合宿でコロナを同期の半数に移してしまい、数日後に控えていた上級生合宿に行けない状況にさせてしまったことです。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、同期の優しさを感じることができた機会でした。
リコタイに入って変わったこと
広報の仕事を回せる程度には、マルチタスクに対応できるようになったことです。一方で器用じゃなかったので、人に頼ることもできるようになったと思います。
Q.稲川真流(2年)から見た稲村英里奈
A.学年一人のマネで不安もありましたが、親身に寄り添ってくれるえりなさんのおかげで、ここまで続けてこれました。私もえりなさんのように、頼りにされるマネ長になりたいです。Q.柴山雛花(1年)から見た稲村英里奈
A.頼れるマネ長えりなさん!!選手、マネみんなのことをよく見ていて、元気いっぱいなマネージャーの鏡です!えりなさんのキラキラ笑顔はいつも周りを明るくしていました!
取材・編集:稲村英里奈

