「今なら死んでもいい。」 苦しみ続けた163cmの小兵がドームで夢を叶えた瞬間。|東京ドーム 早稲田×立教

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早稲田大学3年・小林はじめ(都大泉)の憧れは “落合博満スタイル” なのだという。口数は少なく、いいプレーをしてもぶっきらぼう。監督時代もリップサービスをしないから勝っても勝ってもファンは少ないまま。確かに普段の小林はそれを見事に体現している。にぎやかなチームの中でひとり冷静に試合の流れを見定め、求められた仕事を淡々とこなす。もはや何を考えているのかわからないほどだ。しかしこの日、東京ドームで躍動した小林はまるで初めて野球をした少年かのように、コロコロと表情を変えていた。 

 

写真:奥村日向子

 

都立大泉高校時代は投手だった。163cmの身体をめいっぱいに使ったテンポのいいピッチングが持ち味だったが、大学入学後は肩の怪我に苦しんだ。慣れない外野の練習をしながら、重い木製バットを振り込む日々。バックホームは中継に返すのがやっとという肩の状態では、当然ながら公式戦で多くの出場機会は巡ってこなかった。満足にプレイできないながらも野球に真面目に取り組む姿勢が評価され、二年次は配球分析、三年次は三塁コーチャーとチームを支える重要な役割を任されてきた。自分の今できるやり方でチームに貢献するその姿が、先輩後輩を問わず多くの尊敬を集めていたのは間違いない。小林に配球分析を任せた張本人である前主将の松岡志尚も、「はじめは本当によく頭を使って野球に取り組んでいた」と称賛している。

「入部以来、レベルが高いチームの中で自分には何ができるだろうと悩み続けてきました。3連覇中のチームにおいて重要な役割を任せてもらっていることを誇りに思う一方で、『自分が本当にやりたいことはプレーヤーとしてグラウンドに立つことなのに』というやるせなさは常に抱えていたと思います」と本人は語る。

そして、現役選手として迎える最後の東京ドームの日。3年生主体で臨む先発メンバーの一番最後に、その名前があった。「9番・DH」。これが、この日チームが小林に任せた役割だった。

 
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